加工貿易で外貨を稼ぐ国として、日本が高度経済成長を遂げた時代は過ぎ去り、今では国内よりも安く製造できる海外に工場を建設しているご時世です。

自分の勤めていた会社の経営が危なくなった話
自分の勤めていた会社の経営が危なくなった話

加工貿易で外貨を稼ぐ国として / 39歳 男性

加工貿易で外貨を稼ぐ国として、日本が高度経済成長を遂げた時代は過ぎ去り、今では国内よりも安く製造できる海外に工場を建設しているご時世です。
海外の工場で安く製造した商品を日本市場で販売すれば、大きな利益を生み出せるからです。

ただ、国際ビジネス環境は、日本の国内ビジネス環境のように決まりきった部分がほとんど無く、動向が常に激しく変動します。だから、日本で自分が勤めていた会社の経営が、突然にして危なくなるという事態も起こるのです。

前職で、勤めていた会社の経営が危なくなったきっかけは、海外工場を建設する地域を一つに絞り込んでしまった事でした。
最低限でも2つの海外工場を稼動させた方がいいという社内の意見を採用せずに、その会社はある国だけに海外工場を建設したのです。
順調に製造が進んで、どんどん日本に商品が輸入されている間は、低コストで仕入れて日本で普通に販売するだけで設けていました。

しかし、工場がある国でストライキが発生すると、製造がストップしてしまって、製品が仕入れられなくなると利益が出せなくなり、経営が危なくなったのです。

その後、何とか他の地域に工場を建てたので、事なきを得ました。
それ以来、経営陣はしっかりとリスク分散をするようになったのです。


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