最初に就職した、フランスのデニムを扱う会社での話です。

自分の勤めていた会社の経営が危なくなった話
自分の勤めていた会社の経営が危なくなった話

最初に就職した、フランスのデニムを扱う会社での話です / 45歳 女性

最初に就職した、フランスのデニムを扱う会社での話です。

当時はバブルの真ん中くらいの時期で、「インポートデニム」が流行り出した時でもありました。
1本1万5千円から2万を超すようなデニムが飛ぶように売れ、1日100万売れる日もありました。
原宿の裏通りにあった店は代官山に支店を出し、渋谷店を出し、その後吉祥寺にも大きな店舗を構えました。
販売が初めての20代の私でも、沢山販売することが出来るほど、簡単に売れたのです。

入社して1年目の社員旅行はハワイでした。
ハワイなんて国名も知らないような田舎ものでしたので、「一生で一度のハワイ」と興奮したものです。
食事も全て会社が持ってくれて、本社勤務の方は家族も連れてきていました。
次の年は香港でした。
ハワイほど豪華な旅行ではありませんでしたが、それでも初めての北京ダックに大興奮でした。
3年目くらいに入り、雑誌に取り上げられる数もお客さんも減り、店長がイライラしている日が多くなってきました。
お店にお客さんが来ないので、緊張感が漂いました。
その緊張感に耐えられず、お店を辞めることになりました。

転職してから、その時の同僚に聞いた話では、社員旅行は今では無く、代官山も吉祥寺店も無くなったそうです。
あっという間に成長し、根を生やす前に枯れてしまったような会社でした。

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